園主の自己紹介|ブルーベリーに出会ってしまった人間の話
ブルーベリーとの出会いは、2022年の早春のことでした。
まだ肌寒さの残る季節、近隣のホームセンターをふらりと訪れた私は、 棚に並ぶ苗木の中から チャンドラー、ブルーレイ、ノースランド の三本を手に取りました。
そのときは、まさかこの三本が人生を変えるとは思ってもいませんでした。
園芸サイトや本を読みながら、見よう見まねで畑に植え付けました。
ピートモスの混ぜ方を誤り、泥だらけになりながらの作業。
今思えば笑ってしまうような失敗ばかりでしたが、その頃の私はまだ、家庭菜園が中心で、トマトやなす、ピーマン、キュウリなどの夏野菜を家庭用に育てながら、その片隅でブルーベリーをほんの少しだけ育てている程度でした。
ブルーベリーを育てているのは、先祖代々引き継いだ家の隣にある、広い庭です。
子どもの頃から見慣れていたその庭は、春には草が伸び、夏には風が通り、どこにでもある日本の庭でした。
しかしブルーベリーと出会ってからというもの、その庭は少しずつ姿を変えていきました。
季節が巡り、ブルーベリーの木々がゆっくりと成長し始めると、私は気づかぬうちにその魅力に引き込まれていきました。
葉の色、枝の伸び方、雨上がりの香り。
毎日少しずつ変化していく姿を見ているうちに、庭はいつの間にか“ブルーベリー園”のような景色へと変わっていきました。
やがて私は、夏野菜を育てていた畑を丸ごと掘り起こし、そこにもブルーベリーを地植えし始めました。
畑の土を触りながら、「ここにも植えられる」「あそこにも植えられる」と気づけばブルーベリーのことばかり考えている自分がいました。
コガネムシが悪さをしてはならないと、株元に大量のウッドチップを山積みにしました。
「これで守れるだろうか」と心配しながら、毎日のように木々の様子を見に行きました。
その頃にはもう、ブルーベリーは私にとって“育てる植物”ではなく“守りたい存在”になっていました。
翌年、初めての収穫を心待ちにしていました。
しかし、木を大きく育てるためには花芽を落とす必要があると知り、泣く泣く八割の花芽を手で摘み取ったのを覚えています。
それでも残ったわずかな実が色づき始めたとき、私は毎日のように庭を見に行きました。
そして迎えた 初収穫の日。
手のひらにのせた数粒のブルーベリーは、
これまでの失敗も泥だらけの作業も、
早朝の冷たい空気もすべて報われるような、
感無量の瞬間でした。
あの味は、今でも忘れられません。
こうした日々は、朝5時に起き、仕事に行く前にも庭に出て木々の様子を確かめ、帰宅後は夜7時まで水やりをするという生活の中で積み重ねてきたものです。
会社員として働きながら、それでも毎日欠かさずブルーベリーに向き合ってきました。
季節の移ろいを木々とともに感じる時間は、私にとって何よりの喜びでした。
それでも私は止まりませんでした。
小遣いをつぎ込み、苗木を増やし、
YouTubeでブルーベリーの勉強をし、
コンテナ栽培を導入し、
必要とあれば山奥の森林業者からウッドチップを大量に仕入れる体制まで整えました。
ピートモスも300L・40キロの大袋を買い求め、庭はさらに本格的なブルーベリー園へと姿を変えていきました。
そして私は、日本のブルーベリー界ともつながりたいと思うようになりました。
もっと深く知りたい、もっと正確に学びたい。
その思いから 日本ブルーベリー協会 に入り、全国の生産者や研究者の方々から最先端の情報を学ぶようになりました。
そして今年、私はついに 兼業農家でありながら、ブルーベリー専門の苗木屋 となりました。
あの日ホームセンターで手に取った三本の苗木から始まった小さな興味は、今では私の人生そのものになっています。
このブログでは、園主である私が、実際に育て、触れ、味わい、向き合ってきたブルーベリーのすべてを記録していきます。
データや写真だけでは伝わらない、“育てた者の言葉”を残していきたいと思っています。
私自身、まだまだ栽培歴は浅い園主です。
それでも、毎日の試行錯誤と失敗と発見の積み重ねの中で、
確かに身についた知識や感覚があります。
その“等身大の経験”こそが、これからブルーベリーを育てたい方にとってきっと役に立つと信じています。
そしてもうひとつ、このサイトの文章には 誠実さと透明性 を大切にしています。
私自身の経験を軸にしながら、AIを通して世界中から集めたデータや知見も参考にし、できる限り正確で偏りのない情報をお届けすることを心がけています。
一次情報としての“私の畑の声”と、世界のブルーベリー文化から得られる“広い視点”を組み合わせることで、読者の皆さまにとって価値ある情報源になれたら嬉しく思います。


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