第1章|深山で針葉樹を伐る日の朝
6月の麓はもう初夏の匂いがしている。
田んぼの水面には朝日が揺れ、
半袖で歩く人も増えてくる。
けれど、山に入る日の朝だけは別だ。
寝室には季節外れの冷えが忍び込み、
布団から腕を出した瞬間に肌がひやりとする。
作業員は当たり前のようにストーブをつけ、
靴下を二枚履きにし、
長袖シャツを一枚よけいに着込む。
外は夏の匂いがしていても、
山の朝はまだ冬の名残を引きずっている。
身体が温まってくると、次は腹を満たす時間だ。
山の仕事は、腹が減っていては絶対にもたない。
だから彼らの朝メシは、いつだってモリモリ食べる。
大盛りの白飯に、山菜と豆腐の味噌汁。
鉄板で焼いた目玉焼き、昨夜の唐揚げ。
味噌汁の湯気が顔に当たると、
ようやく身体の芯が温まり、
「今日も山だな」と気持ちが整う。
軽トラに乗り込むと、
窓ガラスには薄く水滴が残り、
山へ近づくにつれて空気が冷たくなる。
谷から吹き上げる風が車体を揺らし、
初夏とは思えない冷気が足元にまとわりつく。
現場に着くと、
彼は持参のポットから温かい甘いコーヒーを注ぐ。
湯気がふわりと立ち上がり、
息を吐けば白くなる。
6月の山では、これが当たり前だ。
針葉樹の葉先には朝露がびっしりとつき、
草の帯を踏むと、
冷たい水滴が靴の甲に跳ねて染み込む。
その冷たさが、
「今日も深山で木を伐る一日が始まる」
という合図になる。
第2章|初夏の伐採と、成長を整える間伐
初夏の山は、草が一気に伸びる季節だ。
下刈りの音があちこちから聞こえ、
斜面には作業員の姿が点々と見える。
だがこの日は、草ではなく木を相手にする日だった。
山に入る前の段階で、
森林組合の職員と作業員が一度山を歩き、
伐る木を一本ずつ選んである。
成長が遅れた木、曲がってしまった木、
周囲の木の成長を妨げている木──
そうした木の幹には、
すでに赤や青のテープが巻かれている。
テープは、森の中での“言葉”のようなものだ。
誰が見ても、どこから見ても、
「この木を伐る」と分かるようにしてある。
作業員は、まずそのテープを確認する。
間違って良い木を伐れば、
森の成長が何年も狂ってしまう。
だから、テープの色と位置を確かめる時間は、
伐採そのものと同じくらい大事だ。
チェーンソーのスターターを引くと、
「キュッ、キュッ、ブォン」とエンジンが目を覚まし、
森の静けさが一瞬で破られる。
伐るのは、
成長が遅れた木や、
周囲の木の成長を抑えてしまっている木。
いわゆる成長抑制の間伐だ。
間伐は、ただ木を減らす作業ではない。
光を入れ、風を通し、
残す木がまっすぐ育つように
森の“呼吸”を整える作業だ。
テープの巻かれた木の前に立ち、
幹の傾き、枝の張り、周囲の木との距離を確認する。
受け口を切り、追い口を入れ、
木が倒れる方向を慎重に見極める。
やがて幹がゆっくりと傾き始める。
ミシ…ミシ……バサァァァッ。
倒れた瞬間、
針葉樹特有の樹脂の匂いが一気に広がる。
甘く、少し刺激があり、
鼻の奥に残るような濃い香りだ。
倒れた木に近づくと、
樹皮の表面はまだ湿っていて、
手で触ると、
冷たさと重さが同時に伝わってくる。
この樹皮こそが、
やがて生バークとして畑へ運ばれ、
土の上で再び森の時間を動かし始める。
第3章|樹皮が剥がれる場所──デバーカーの湿度と匂い
伐った木は、山の斜面をゆっくりと下ろされ、
林道脇に集められていく。
そこからフォワーダーに積まれ、
製材所へと運ばれる。
製材所の朝は、山とはまた違う匂いがする。
木の粉と油の匂いが混ざり合い、
空気が少し重たい。
フォークリフトが忙しく動き回り、
丸太の山が次々と積み上げられていく。
その奥に、樹皮を剥ぐための機械──
デバーカーがある。
デバーカーの周りは、
いつも湿っている。
剥がされたばかりの樹皮が山のように積まれ、
雨が降った翌日には蒸れて湯気が立つ。
近づくと、針葉樹の樹脂の匂いが
鼻の奥にまとわりつくように濃くなる。
丸太がローラーに押し込まれると、
機械が低く唸り、
樹皮がこそぎ取られるように剥がれていく。
バリバリ……バサッ。
乾いた音ではない。
水分を含んだ皮が裂ける、
湿った音だ。
剥がれた皮は、
ローラーの下へ落ちていき、
コンベアに乗って外へ運ばれる。
触ると、まだ冷たく、重い。
指先に樹脂がつき、
少し粘り気が残る。
剥がされたばかりの樹皮に近づくと、
なんとも言えない匂いが立ち上がってくる。
乾いた木の香りではない。
濃厚な土臭さと、菌が静かに息づくような匂いが混じり合い、
森の奥底に沈んでいた時間が
一気に外へ溢れ出すような匂いだ。
皮の裏側には、
長い年月をかけて張りついた湿り気が残っていて、
指で触ると、土と木の境目のような柔らかさがある。
その湿り気が空気に触れると、
菌の匂いがふわりと立ち上がり、
まるで森がゆっくりと呼吸しているように感じられる。
この匂いこそが、
生バークが“ただの皮”ではなく、
森の循環の途中にある素材だということを教えてくれる。
第4章|皮置き場の蒸れと、菌が動き出す場所
デバーカーから運び出された樹皮は、
製材所の外にある広い皮置き場へと集められる。
そこには、剥がされたばかりの皮が山のように積まれ、
雨の日も晴れの日も、絶えず湿度をまとっている。
皮置き場に近づくと、
空気が一段重たくなる。
湿った皮が何層にも重なり、
その隙間で菌が静かに動き始めているからだ。
雨が降った翌日には、
皮の山から湯気が立ち上がることがある。
蒸れた熱と、皮に残った樹脂の匂い、
そして土と菌の匂いが混ざり合い、
独特の“森の発酵”のような空気が漂う。
皮の山に手を入れると、
表面は冷たいのに、
内部はほんのり温かい。
分解が始まった証拠だ。
菌が皮の繊維を少しずつほどき、
森へ戻る準備を進めている。
乾いたウッドチップとは違い、
生バークは水分を抱え込み、
菌の通り道をつくり、
ゆっくりと森の床へ戻っていく。
この皮置き場こそが、
生バークが“素材”から“土の仲間”へ変わる
最初のステップになる。
第5章|生バークが“素材”から“土の仲間”へ変わる瞬間
皮置き場で蒸れ、菌が動き始めた樹皮は、次に粉砕機へと運ばれる。ここで、生バークは一気に姿を変える。
粉砕機のホッパーに皮が投入されると、内部の刃が低い唸り声をあげながら回転し、厚い樹皮を細かく裂いていく。乾いた破砕音ではなく、しっとりとした繊維を引きちぎるような、湿り気を含んだ音が響く。
ガラガラ……バサッ……ズズッ。
粉砕されたバークが排出口から落ちてくる。手ですくうと、驚くほどしっとりとしていて、水分を抱え込んだまま、繊維がほぐれた柔らかい塊になっている。
乾いたウッドチップとはまるで違う。ピートモスの繊維を、もう少し太く、重くしたような質感だ。指でつまむと、繊維がゆっくりとほどけ、湿った森の床の一部を触っているような感触が残る。
粉砕されたバークは、まだ樹脂の匂いをわずかに残しながらも、菌の匂いと土の匂いが混ざり合い、すでに“土へ戻る途中”の香りになっている。
この状態になって初めて、生バークは畑へ運ばれる準備が整う。森の時間をまとったまま、ゆっくりと土の仲間へ変わっていく素材だ。
第6章|フレコンバッグに沈む重さと、生バークの行き先
粉砕された生バークは、そのままでは扱いにくいため、大きなフレコンバッグ──いわゆるトン袋に詰められる。
だが、生バークは水分をたっぷり含んでいる。乾いたチップのように軽くはない。袋に流し込むと、最初は山のように盛り上がるのに、時間が経つにつれて、自分の重さでゆっくりと沈んでいく。
トン袋と呼ばれているのに、満杯に見えた袋が、気づけば半分以下まで沈んでしまうこともある。それだけ、生バークはしっとりと重く、繊維が水を抱え込んでいるということだ。
こうして袋詰めされた生バークは、畜産農家へと運ばれていく。
粉砕されたバークは、牛や豚の足元を守る“ベッド”として使われる。しっとりとした繊維が衝撃を吸収し、家畜の足を傷つけない。水分を抱え込む性質があるため、糞尿を吸い込み、床を衛生的に保つ役割も果たす。
やがて、糞尿と混ざり合ったバークは、時間をかけて発酵し、たい肥へと姿を変える。森から生まれた皮が、家畜の生活を支え、最後には土へ戻る。
生バークは、ただの副産物ではない。森と畜舎と畑をつなぐ、静かな循環の一部になっている。
第7章|ブルーベリーの根元へ──生バークが土と出会う場所
たい肥として畑へ戻る生バークもあれば、粉砕されたままの状態で、ブルーベリーの根元へマルチング材として使われるものもある。
生バークは、敷いた直後から森の匂いをまとっている。しっとりと重く、繊維がほどけたような質感で、根元をふんわりと覆い、土の乾燥を防ぎ、夏の強い日差しから根を守る。
時間が経つと、バークはゆっくりと分解を始める。
針葉樹の皮が持つ性質から、分解後の土はわずかに酸性へ傾く。そのため、一部の農家では「ピートモスの代わりになるのでは」という声もある。
ただし、生バークには扱いづらい一面もある。乾ききると、繊維が固まり、表面が水を弾くようになる。じょうろで水をかけても、水玉が転がるだけで、なかなか中へ染み込まない。
からからに乾いたバークは、まるで薄い皮膜のように根元を覆い、水を拒む。湿っているときは森の床そのものなのに、乾くと一気に扱いが難しくなる。
だから、生バークをマルチングに使うときは、乾燥させすぎないように注意が必要だ。雨の後や、灌水直後の柔らかい状態で敷くと、土と馴染みやすく、ブルーベリーの根をやさしく包み込んでくれる。
森から生まれた皮が、家畜を守り、たい肥となり、そしてブルーベリーの根元へ戻ってくる。
生バークは、山と畑を静かにつなぐ素材だ。
第8章|生バークを手に入れる場所と、ブルーベリー畑での使い方
生バークを購入するには、林業の町にある製材所、もしくはその製材所が営む直売店へ足を運ぶことになる。
山に囲まれた地域では、製材所の片隅にフレコンバッグがずらりと並び、森の匂いをまとったまま出荷を待っている。
価格は一袋あたりおよそ5000円から8000円ほどが目安だろう。
水分をたっぷり含んだ粉砕生バークは、袋に詰めた直後は満杯に見えても、時間が経つと自重で沈み、半分以下まで落ち込むこともある。それだけ、しっとりと重い素材だということだ。
ブルーベリーの根元に使うときは、この生バークをそのまま敷くのではなく、ウッドチップなどの荒い資材とよく混ぜるのがコツだ。
荒い資材と混ぜることで、乾いたときでも水が通る隙間ができ、バークの扱いづらさが和らぐ。
湿っているときは森の床そのものなのに、乾くと一気に手強くなる──その性質とうまく付き合うための工夫だ。
生バークは、ブルーベリー栽培に必須の資材ではない。なくても育つし、代わりになるものはいくらでもある。
それでも、生バークを使うと栽培がひとつ奥深くなる。
森の匂いをまとった素材が根元に広がり、時間とともに分解し、土をわずかに酸性へ傾け、ブルーベリーの根をやさしく包み込む。
山から生まれた皮が、畑の片隅で静かに役目を果たす。生バークは、ブルーベリー栽培をより本格的に、そしてどこか“森とつながった営み”へと変えてくれる。
終章|森と畑をつなぐ、生バークという静かな循環
生バークは、ただの樹皮ではない。
山で伐られ、製材所で剥がされ、粉砕され、蒸れ、菌が動き出し、家畜の足元を守り、たい肥となり、やがてブルーベリーの根元へ戻ってくる。
森の時間をまとった素材が、人の暮らしと畑の営みを静かにつないでいる。
しっとりと重く、扱いづらい一面もあるが、その分だけ奥深く、ブルーベリー栽培に“森の気配”を運んでくれる。
必須ではない。けれど、生バークを使うと栽培がひとつ深くなる。根元に広がる繊維の層が、森と畑の境界をゆっくりと溶かし、ブルーベリーの根をやさしく包む。
山から剥がれた皮が、遠い畑の片隅で静かに役目を果たす。その循環の中に、森と人と作物がつながる確かな温度がある。
参考資料
-
- 林業現場における伐採・間伐の一般的な作業工程
-
- 製材所でのデバーカー処理と樹皮の粉砕工程に関する技術資料
-
- 畜産現場でのバーク利用(牛床・豚舎床材)に関する農業技術情報
-
- 生バークの分解特性と土壌酸性化に関する園芸学的知見
-
- ブルーベリー栽培におけるマルチング資材の比較研究(ウッドチップ・ピートモス・バーク)
-
- いしいナーセリー(ブルーベリー栽培・資材利用に関する実地知見)
上位ページに戻る
→ブルーベリー栽培資材一覧に戻る


コメント