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第66章:現代の育種トレンド総まとめ

目次

完成したはずの作物に、次の百年が問いかける

夜明け前の育種圃場には、まだ名前を持たない実生苗が幾列にも並んでいる。見た目には似通っていても、その内側に受け継がれた性質は一本ごとに異なり、翌年には選抜から外されるものもあれば、十年を超える試験を経て新品種の候補へ近づいていくものもある。育種家が見つめているのは、目の前にある小さな苗木だけではなく、その苗木が将来どの土地で育てられ、どのように収穫され、どれほど遠くへ運ばれたのち、誰の食卓へ届くのかという長い物語なのである。

フレデリック・コビルが野生ブルーベリーの栽培化に取り組んだ20世紀初頭、最も切実だったのは、そもそもブルーベリーを農作物として安定して育てられるのかという問題だった。そこから一世紀余りを経た現代では、栽培できることも、一定の収量を確保できることも、優良品種に求められる基本条件となっている。過去の育種家が懸命に築き上げた成果が当たり前になったからこそ、現代の育種家は、さらに多くの条件を同時に満たす品種を選ばなければならなくなった。

現代育種の難しさは、何か一つの新しい目標が登場したことにあるのではない。栽培の安定性、生産量、果実品質、収穫のしやすさ、輸送への耐性、病害への抵抗性、そして変動する気候への適応力といった、かつては時代ごとに比重の異なっていた課題が、一つの品種へ重なるようになったところにある。ブルーベリー育種は、目立った長所を一つ持つ品種を探す仕事から、複数の要求の間で崩れない均衡を備えた品種を探す仕事へ変わってきたのである。

この時代に何が起きていたのか

ブルーベリー育種の歩みを振り返ると、それぞれの時代に中心となる課題があり、その解決が次の課題を生み出してきたことがわかる。コビルらが開いた栽培化の時代には、野生植物の性質を理解し、人の手で安定して育てられる作物へ導くことが何より重要だったが、商業栽培が成立すると、生産者の関心は収量や結実の安定性へ向かい、さらに産業が成長すれば、異なる気候や土地でも能力を発揮できる品種が求められるようになった。

この流れの中でノーザンハイブッシュの品種改良が進み、ブルークロップのように生産性と適応性を兼ね備えた品種が広く普及した一方、暖地では低温要求量の低い品種を求める育種が進められ、やがてサザンハイブッシュという大きな系統が形づくられていった。こうして栽培地域が広がると生産量も増加し、ブルーベリーは限られた地域の季節果実から、世界各地で生産と流通が行われる国際的な果実へ近づいていく。

ところが、産業の成功は育種家の仕事を簡単にはしなかった。市場が拡大すれば産地間の競争が生まれ、流通距離が延びれば収穫後の品質が問題となり、商品が広く行き渡れば消費者は品種や産地による違いを意識するようになる。すなわち現代育種は、過去の育種が行き詰まったために始まったのではなく、過去の育種が大きな成功を収めたことによって、その先に現れた新しい問題へ向き合うところから始まったのである。

収量を中心に築かれた産業の土台

現在では風味や食感が育種目標として大きく扱われているものの、それ以前の育種が果実品質を軽視していたわけではない。ハーバート、バークレー

、ブルーレイをはじめ、歴史的に評価されてきた品種の中には、優れた食味によって愛されたものが少なくなかった。ただし、商業果樹としての基盤が充分に整っていなかった時代には、どれほどおいしい果実をつけても、収量が不安定であったり、土地への適応性が狭かったりすれば、広範囲へ普及することは難しかった。

そのため20世紀の育種家は、果実品質を見ながらも、生産を成立させるための収量、樹勢、耐寒性、結実の安定性を重く見ていた。ブルークロップが長期にわたって世界の標準的な品種となった背景にも、特定の性質だけが突出していたというより、商業栽培に必要な複数の能力を当時として高い水準で備えていたことがある。

この生産基盤が整えられたからこそ、後の育種は品質をより深く追求できるようになった。現代における食味重視への動きは、収量の時代を否定して始まったものではなく、その時代が残した成果を土台として、品種評価の重心が少しずつ移動した結果と捉える方が歴史の実像に近い。

サザンハイブッシュ革命が世界の地図を変えた

20世紀後半に進んだサザンハイブッシュの育成は、単に暖地向けの品種群を増やしただけではなく、ブルーベリーが栽培される地理そのものを広げた。ノーザンハイブッシュの果実品質と、アメリカ南部に自生するブルーベリー類の暖地適応性を組み合わせる試みが積み重ねられたことで、それまで冬の低温が不足すると考えられていた地域にも商業栽培への道が開かれていったのである。

低温要求量の低下と早期収穫を目指す育種は、フロリダをはじめとするアメリカ南部の産業を支え、その遺伝資源と育種思想は、やがて南米や地中海沿岸を含む暖地生産にも影響を与えていく。さらに常緑栽培やコンテナ栽培、高密植栽培といった新しい生産方式が試みられるようになると、育種家は地域の気候だけでなく、栽培体系との相性まで視野に入れる必要が生じた。

サザンハイブッシュ革命が後世へ残した最大の意味は、ブルーベリーの適地を南へ広げたことだけではない。異なる野生種が持つ性質を組み合わせることで、従来の栽培上の限界を越えられる可能性を示し、育種によって生産地域と収穫時期を再設計できることを証明した点にある。

世界市場が果実の価値を書き換えていく

生産地域が世界各地へ広がるにつれて、ブルーベリーは産地の近くで消費される果実から、長い輸送を経験する商品へと変わっていった。畑で収穫された果実が選果、包装、冷蔵、輸送を経て売り場へ並ぶまでには時間がかかり、その途中で軟化や腐敗が進めば、収穫時に優れていた品質も消費者へ届く頃には失われてしまう。

ここで果実硬度や日持ち性、小さく乾いた果柄痕といった性質が、以前にも増して重要な価値を帯びるようになった。これらは単に見栄えを整えるための特徴ではなく、輸送中の傷みや乾燥、病原菌の侵入といった損失を抑え、栽培者が生み出した品質を食卓まで保つための実用的な能力だった。

ただし、硬さだけを追い求めれば理想の果実になるわけではない。輸送に強くても食味が乏しければ継続的な購入には結びつきにくく、反対に味が優れていても流通の途中で崩れてしまえば広い市場へ届けられないため、現代育種では両者を分けずに評価する必要が生じている。世界市場の成立は、畑での成績だけで品種価値を判断していた視野を、収穫後から消費に至るまでの長い時間へ広げたのである。

豊富に並ぶようになった果実が、品質競争を生んだ

ブルーベリーが珍しい果実だった時代には、店頭に商品が並ぶこと自体に価値があった。しかし供給量が増え、さまざまな産地の果実が同じ売り場で販売されるようになると、市場では単なる有無ではなく、果実同士の違いが意識されるようになった。

その結果、甘味と酸味の均衡、香り、果皮の感触、果肉の歯応えといった、食べた瞬間の体験に関わる形質の比重が高まっていく。近年では、パリッとした感覚を伴う硬い食感も注目されているが、ここで求められる硬さは、輸送中に潰れないという物流上の硬度と完全に同じものではない。果実を噛んだときの心地よさは消費者の感覚によって評価されるため、測定機器が示す数値だけでは味わいの全体像を語れないのである。

こうして現代の育種家は、収量や果実の大きさに加えて、人が口にしたときに何を感じるかまで考えるようになった。食味は昔から品種評価の一部であったものの、市場が成熟したことによって補助的な長所では済まされなくなり、品種の将来を左右する中心的な形質へ近づいていったのである。

人手不足が品種の姿まで変え始める

世界的な生産拡大の陰では、収穫作業を担う労働力の不足と人件費の上昇が、多くの生産現場に重くのしかかるようになった。ブルーベリーは同じ樹の果実が一度に熟し切るとは限らず、生食用品質を保ちながら適熟果を選んで収穫する作業には、多くの人手と時間を必要とする。

機械収穫は以前から加工向け生産などで利用されていたが、現代では生果市場へ向けた利用可能性も強く意識されるようになり、それに伴って育種目標の優先順位も変化してきた。機械の振動で適熟果が外れやすく、未熟果は樹上へ残りやすいことに加え、落下や搬送を経ても傷みにくい果実であることが望まれるため、果実硬度、成熟の揃い方、離脱性、樹姿などを切り離さずに考える必要がある。

ここでも硬度は、世界流通への対応という一つの目的だけで重視されているのではない。同じ形質が輸送損失の軽減と機械収穫適性の双方に関係しながら、現代の生産体系を支える働きを担うようになったのである。

土地への適応から、揺れ動く環境への備えへ

気候への適応は、現代になって突然始まった育種目標ではない。ノーザンハイブッシュでは耐寒性や低温要求量が栽培地域を左右し、サザンハイブッシュの歴史も暖地の環境へ対応する試みの積み重ねだったことを考えれば、ブルーベリー育種は当初から気候と向き合ってきたと言える。

それでも現代の状況が過去と異なるのは、産地が長年頼ってきた季節の型そのものに不安定さが増している点である。高温や干ばつ、極端な降雨、開花期の霜害などが収量と品質を揺さぶるなか、育種家には特定の平均気温へ合う品種を作るだけではなく、年ごとの変動幅を受け止められる安定性まで見据えることが求められている。

低温要求量の低い品種が暖地で有利になる一方、早すぎる開花が霜害の危険を高める場合もあり、耐暑性を高めればすべてが解決するほど単純でもない。現代育種が探しているのは、ある一つの環境にだけ強い品種ではなく、地域ごとの生産体系と調和しながら、不安定な年にも大きく崩れにくい品種なのである。

DNAが育種家の経験を支える新しい目となった

伝統的なブルーベリー育種では、交配によって得られた実生を育て、開花と結実を待ち、実際の果実を調査してから選抜を重ねてきた。永年性果樹であるブルーベリーでは一世代の評価に相応の年月を要するため、望ましい性質を備えていない個体であっても、その事実が判明するまで土地と労力を使い続けることがあった。

ゲノム解析やDNAマーカーを利用する技術は、この長い工程の一部を効率化する可能性を育種家へもたらした。特定の形質に関係する遺伝情報を選抜の手がかりにできれば、すべての実生を同じ規模で成木まで育てる必要を減らし、限られた圃場と時間を有望な個体へ集中させやすくなる。

もっとも、遺伝情報だけで新品種の価値を決められるわけではない。果実の風味や食感、樹の生育、地域ごとの安定性には複雑な要因が関わるため、育種家による観察と複数年にわたる栽培試験は引き続き重要である。DNAは熟練した育種家の目を不要にしたのではなく、その目が膨大な実生の中から未来を探すための、新しい手がかりを加えたのである。

現代育種が探しているのは、突出ではなく均衡である

コビルの時代に始まった栽培化は、商業生産の成立によって収量と安定性の追求へ受け継がれ、ノーザンハイブッシュの発展とサザンハイブッシュ革命を通じて、適応地域を広げる仕事へつながっていった。その後、世界市場の形成が流通性と日持ち性の意味を大きくし、成熟した消費市場が風味や食感の重要度を押し上げる一方、労働力不足と気候の不安定化は、機械収穫適性や環境適応性を品種評価の前面へ引き寄せていった。

この歩みから見えてくる現代育種の特徴は、特定の能力だけを極端に高めることではなく、長い歴史の中で育種家たちが追い求めてきた性質を、一つの品種の中でどこまで調和させられるかという難題にある。大粒であっても味が伴わず、よく実っても収穫経費が過大になり、輸送に強くても地域の気候に適応できなければ、現代の商業品種として長く支持されることは難しい。

かつての育種目標が失われたのではなく、そのどれもが必要条件として残されたところへ、新たな要求が積み重なったのである。現代育種は過去との断絶ではなく、百年分の課題を背負いながら次の時代へ進もうとする、ブルーベリー育種史の現在地にほかならない。

後世へのつながり

歴史の中で長く残った品種は、必ずしも一つの性質だけが最も優れていたわけではない。それぞれの時代において、生産者が直面する問題と市場が求める品質の間に、現実的な答えを示した品種が広く栽培され、次の育種へ遺伝資源を残してきた。

これから誕生する品種についても、同じことが言えるだろう。新しい解析技術によって選抜の効率が高まり、育種家が扱える情報量が増えたとしても、未来の主力品種となるのは、数値の上で目立つ系統ではなく、生産現場と流通、消費者、そして栽培地域の環境を一つにつなげられる品種である。

現代の圃場で行われている選抜は、目の前の市場に応えるためだけの仕事ではない。そこで残された実生の遺伝子は、次の品種の親となり、さらにその先の交配へ受け継がれていくため、現在の育種家が何を選び、何を残すかという判断は、数十年後のブルーベリーの姿にも影響を与えるのである。

百年前の夢は、まだ育種圃場を歩いている

もしコビルが現代の育種圃場を訪れれば、DNA解析や機械収穫をめぐる研究、世界各地を結ぶ流通網の規模に驚くに違いない。しかし、まだ名前を持たない実生を一株ずつ観察し、その中から将来を託せる個体を探す育種家の姿には、自分たちが始めた仕事との確かな連続性を見いだすだろう。

ブルーベリー育種の歴史は、野生の果実を人の暮らしへ迎え入れて終わったのではなく、時代が新しい課題を差し出すたび、その答えを植物の中から探し続ける営みとして受け継がれてきた。現代育種が示しているのは完成されたブルーベリーの姿ではなく、完成に見えた地点から再び歩き始める人々の姿であり、育種圃場に並ぶ名もない苗木は、その長い物語が次の百年へ続いていくことを静かに告げているのである。

参考資料

Gallardo, R. K. et al.『Breeding Trait Priorities of the Blueberry Industry in the United States and Canada(ブリーディング・トレイト・プライオリティーズ・オブ・ザ・ブルーベリー・インダストリー・イン・ザ・ユナイテッド・ステーツ・アンド・カナダ)』

USDA Agricultural Research Service『Breeding Better Blueberries(ブリーディング・ベター・ブルーベリーズ)』

University of Florida IFAS『Blueberry Plant Breeding Program(ブルーベリー・プラント・ブリーディング・プログラム)』

Fang, Y. et al.『A Review for Southern Highbush Blueberry Alternative Production Systems(ア・レビュー・フォー・サザン・ハイブッシュ・ブルーベリー・オルタナティブ・プロダクション・システムズ)』

Casorzo, G. et al.『Understanding the Genetic Basis of Blueberry Postharvest Traits to Define Better Breeding Strategies(アンダースタンディング・ザ・ジェネティック・ベイシス・オブ・ブルーベリー・ポストハーベスト・トレイツ・トゥ・ディファイン・ベター・ブリーディング・ストラテジーズ)』

USDA Agricultural Research Service ブルーベリー育種研究資料

フロリダ大学ブルーベリー育種プログラム公開資料

関連リンク

この記事は第66章です。前後の記事も併せてお楽しみ下さい。

第67章:ハイブリッド系とは何か

第65章:世界の育種機関の歴史

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この記事を書いた人

山形県にて小規模栽培にて高品質なブルーベリー苗木栽培を行なっています。

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