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第69章:ラビットアイ×野生種の交雑

目次

南の木が、まだ知らなかった冬

アメリカ南東部の夏は長い。

強い日差しが地面を焼き、湿った熱気が夕方まで畑に残る。そんな南部の風土の中で、ラビットアイは旺盛に枝を伸ばしていた。

樹勢は強く、背丈は高く、成熟した木には多くの果実が実った。暑さに耐え、比較的丈夫で、南部の果樹として頼もしい性質を備えていた。

だが、その木を北へ連れて行こうとすると、話は変わった。

問題は、真冬の寒さだけではなかった。冬の途中に暖かな日が続くと、ラビットアイは春が近づいたと感じ、休眠を解き始めることがある。

そこへ再び寒波が戻れば、膨らみかけた花芽は傷つく。早く咲けば、遅霜にも遭いやすい。さらに、ラビットアイの果実は、開花してから成熟するまでに長い時間を必要とした。

暑さには強い。だが、寒さと暖かさが交互に訪れる北の春には、まだ慣れていなかったのである。

一方、アパラチア山系の高地には、冷たい風を避けるように低く身を伏せる野生のブルーベリーが自生していた。

バクシニウム・コンスタブレイである。

この野生種は、ラビットアイほど大きく育たない。果実も小さく、商業品種の大粒果だけを見慣れた者には、目立たない木に映ったかもしれない。

しかし、その小さな木は、山の冬を知っていた。

数日間の暖かさだけでは、簡単に春を信じない。遅くまで休眠を保ち、花を咲かせる時を待つ。それでいて、開花してから果実が熟すまでの期間は短かった。

南の平地に立つ大きなラビットアイと、山頂で寒風に耐える小さな野生種。

20世紀の育種家たちは、本来なら離れた土地で生きていた二つのブルーベリーを、同じ血統の中で出会わせようとしたのである。

この時代に何が起きていたのか

ラビットアイ系ブルーベリーの計画的な品種改良は、20世紀中頃から本格化した。

ラビットアイは、旺盛な樹勢、豊産性、暑さへの適応力を持っていた。南部で育てる果樹としては優秀であり、栽培品種も次々と作られていった。

その一方で、育種家たちの視線は、次第にラビットアイの栽培地域の外側へ向けられていった。

もし、ラビットアイの強さを残したまま、寒さに耐え、遅く咲き、もう少し早く熟す木を作ることができれば、栽培の可能性は北へ広がる。

その願いに応える候補として注目されたのが、ノースカロライナ州西部やテネシー州東部などの高地に自生するバクシニウム・コンスタブレイであった。

この野生種は、強い耐寒性を持ち、春先まで休眠を維持しやすかった。開花は遅く、果実の成熟は比較的早い。さらに、果実は小さいものの芳香に優れ、種子も小さかった。

ラビットアイの果実には、品種によって舌に細かな粒が残るような、ざらつきを感じるものがある。バクシニウム・コンスタブレイとの交雑後代では、そのざらつきが軽減され、食感が改善する傾向も見られた。

つまり、山の野生種が持っていたのは、耐寒性だけではなかった。

遅く咲く性質、早く熟す性質、春を急がない慎重さ、芳香、小さな種子、滑らかな食感。

育種家たちは、その小さな果実の中に、ラビットアイの未来を変えるかもしれない性質を見つけたのである。

交雑を可能にした染色体の一致

ラビットアイとバクシニウム・コンスタブレイには、大きな共通点があった。

両者は、ともに六倍体だったのである。

六倍体とは、基本となる染色体の組を六組持つ植物のことである。

両親の染色体の組数がそろっていたため、交雑後代も次の育種に利用しやすかったのである。

外見も生育地も違う二つのブルーベリーは、交雑という橋を架けるための条件を、偶然にも共有していた。

実際に交雑から得られた第一世代の雑種は、両親に近い高い花粉稔性を示した。育種家たちは、その雑種を行き止まりにせず、さらに次の世代へ進められる可能性を得たのである。

野生種の有用な性質を受け継がせるには、一株の珍しい雑種を作るだけでは足りない。

その雑種が花を咲かせ、次の交配に使えなければ、品種改良の流れはそこで止まってしまう。

六倍体同士だったことは、山の野生種が持つ性質をラビットアイの系統へ運び込むうえで、大きな追い風となったのである。

育種家たちが山から持ち帰ろうとしたもの

バクシニウム・コンスタブレイをラビットアイの改良に利用する構想は、少なくとも1940年代の育種資料まで遡る。

のちに、アメリカ農務省のアーレン・ドレイパーや、ノースカロライナ州立大学のジェームズ・バリントンらが、この組合せを用いた交雑と選抜を進めていった。

目標は、寒さに強いだけのラビットアイを作ることではなかった。

ラビットアイの旺盛な樹勢と収量性を残しながら、野生種の耐寒性、晩開花性、短い果実発育期間を組み込まなければならない。

交雑後代では、開花がラビットアイより遅くなり、果実はラビットアイより早く成熟する傾向が現れた。樹高も両親の中間に近づき、果実のざらつきが軽減される個体も得られた。

のちに行われた耐寒性試験では、バクシニウム・コンスタブレイの血を引く一部の系統が、北部ハイブッシュ品種ブルークロップと同等、またはそれ以上の花芽耐寒性を示した。

さらに重要だったのは、春先の暖かさに出会っても、すぐに休眠を解かない性質である。

寒さに耐えるだけでは、北の春を越えられない。暖かな日が来ても慌てず、遅霜の危険が遠ざかるまで眠り続ける必要がある。

育種家たちが山から持ち帰ろうとしたものは、単なる耐寒温度ではなかった。

それは、季節を見誤らないための慎重さだったのである。

小さな果実から始まった北への道

この交雑史を象徴する初期の品種が、リトル・ジャイアントである。

リトル・ジャイアントは、バクシニウム・コンスタブレイとラビットアイ系統T-65との交雑から生まれた。試験番号はUS57であり、1967年にアーレン・ドレイパーによって選抜された。

当初は育種素材として選ばれたが、やがて冷凍や加工に適した性質が評価された。果実は非常に小さかったものの、風味がよく、果梗痕も小さく、成熟が比較的そろった。

1995年11月、アメリカ農務省はリトル・ジャイアントの命名と配布を発表した。ノースカロライナ州だけでなく、ニュージャージー州、ミシガン州南部、オレゴン州、ワシントン州などでも試作する価値があるとされた。

リトル・ジャイアントは、大粒果を目指した品種ではなかった。

だが、その小さな果実は、ラビットアイの血を引く木が北方地域へ進める可能性を示していた。品種名のとおり、それは小さな果実を持つ巨人だったのである。

次に登場したのが、スノーフレークである。

スノーフレークは1981年、フロリダ大学でフロリダKとNC1830を交雑して育成された。1984年にFL84-106として選抜され、1993年に米国植物特許が成立した。

その血統には、ラビットアイが75%、バクシニウム・コンスタブレイが25%含まれていた。

スノーフレークは、暖地向きの低い低温要求量を持ちながら、ラビットアイとしては遅く花を咲かせ、早く果実を熟させた。

南部で育つ性質を残したまま、春先の凍害を受けにくくする。

育種家が思い描いていた北方適応型ラビットアイの姿が、少しずつ品種として見え始めていたのである。

ノクターンに集められた複数種の記憶

この交雑の流れを現代へつないだ品種が、ノクターンである。

1993年、アメリカ農務省の育種家マーク・エーレンフェルトは、複数種の血を受け継ぐUS874と、ラビットアイ品種プレミアを交雑した。

そこから得られた系統の一つが、US1056であった。1990年代後半から長期にわたって評価され、植物特許資料では1999年に選抜されたと記録されている。

ノクターンの遺伝的背景には、ラビットアイとバクシニウム・コンスタブレイだけでなく、ハイブッシュ、バクシニウム・ダロウィー、バクシニウム・アングスティフォリウム、バクシニウム・テネルムの血も含まれていた。

一つの品種の中に、異なる土地で生きてきた複数のブルーベリーの歴史が重なっていたのである。

ノクターンの未熟果は鮮やかな赤橙色を帯び、成熟すると一般的な粉青色ではなく、暗いガンメタル色から黒色になった。

強い耐寒性を持ち、春になっても休眠を解くのが遅い。ラビットアイの血を半分受け継ぎながら、北部ハイブッシュに近い冬への適応性を示した。

一方で、果実の硬さは中程度で、長期貯蔵や遠距離輸送には向かなかった。果色も一般市場が見慣れた青色ではない。

そのためノクターンは、大規模な青果流通の主役ではなく、家庭果樹、景観植物、観賞用途、特殊市場向けの品種として位置づけられた。

山の野生種から耐寒性を受け取ることには成功した。

しかし、野生種は育種家が欲しい性質だけを、風呂敷に包んで渡してはくれなかったのである。

野生種との交雑がブルーベリーに与えた影響

ラビットアイとバクシニウム・コンスタブレイの交雑は、南部の品種に耐寒性を少し付け足しただけの出来事ではなかった。

それは、ラビットアイという栽培群が持つ可能性そのものを広げる試みであった。

リトル・ジャイアントは、六倍体の野生種とラビットアイを結び、北方地域でも試作できる加工用品種となった。

スノーフレークは、南部への適応性を保ちながら、遅く咲き、早く熟すという組合せを形にした。

ノクターンは、さらに複数の種を重ね、ラビットアイの血を引く木に北部ハイブッシュに近い耐寒性と休眠性を持たせた。

ただし、この歴史は一直線の成功物語ではない。

耐寒性と一緒に小果性が現れることがある。晩開花性と一緒に、商業栽培には扱いにくい樹姿が現れることもある。芳香や食感を得ても、果色、硬さ、輸送性が市場の基準から外れる場合がある。

第一世代の雑種は、完成品ではない。

交雑と選抜を繰り返し、野生種の有用な性質を残しながら、栽培品種として扱いにくい性質を少しずつ減らしていく。

一つの品種が世に出るまでには、数十年にわたる世代の積み重ねが必要だったのである。

後世へのつながり

ラビットアイに野生種の血を加えた育種は、ブルーベリーの品種改良に新しい考え方を残した。

栽培品種の中だけで交配を繰り返すのではなく、自然の中で異なる環境に適応してきた野生種から、栽培種が失った性質や、もともと持っていなかった性質を受け取るという考え方である。

バクシニウム・コンスタブレイとの交雑は、ラビットアイの栽培適応域を北へ広げ、遅霜被害を受ける危険を減らし、成熟を早め、果実の食感を改善できる可能性を示した。

同時に、野生種の利用には長い時間が必要であることも示した。

一度の交雑ですべてが整うことはない。小果になり、果色が変わり、樹姿が乱れ、市場から少し首をかしげられる。育種家が一つ直すと、苗木の側が別の難題をそっと机の上へ置いていく。

その繰り返しの中で、リトル・ジャイアント、スノーフレーク、ノクターンという異なる答えが生まれたのである。

なお、ラビットアイの学名は、歴史的な育種資料では主にバクシニウム・アシェイと記されてきた。一方、園芸資料ではバクシニウム・ウィルガツムの名称も広く使われている。

2024年の分類学的研究では、バクシニウム・ウィルガツムを独立種として認め、近縁のバクシニウム・アシェイとも区別する整理が示された。

過去の文献を読むときは、現在使われている学名との違いに注意する必要がある。本章では、歴史的な育種資料に現れる名称を尊重しながら、必要に応じて現在の呼称を補っている。

ラビットアイと野生種の交雑が残したものは、数品種だけではない。

栽培種の未来は、畑の中だけにあるとは限らない。山地、湿地、森林、乾燥地で生き残ってきた野生種の中にも、次の時代のブルーベリーを支える性質が眠っている。

その事実を、ラビットアイとバクシニウム・コンスタブレイの交雑史は後世へ伝えたのである。

山の冬は、遺伝子の中で南へ下りた

ラビットアイは、バクシニウム・コンスタブレイと交わることで、暑さへの強さを捨てたわけではない。

その強さの中に、寒さを待つ慎重さを加えたのである。

大きく育つ南の木に、小さな山の野生種が持つ忍耐を宿す。

遅く咲き、ラビットアイより早く実り、春先の暖かさにも簡単には目を覚まさない。その性質は、一度の交雑で完成したのではなかった。

リトル・ジャイアントの小さな果実も、スノーフレークの遅い開花も、ノクターンの黒い果実も、すべては同じ問いに対する異なる答えであった。

ラビットアイは、どこまでラビットアイの強さを残したまま、新しい土地へ進めるのか。

野生種との交雑とは、栽培植物を昔の姿へ戻すことではない。

人の都合だけでは越えられなかった土地と季節の壁を、野生種が長い年月をかけて蓄えてきた性質によって越えようとする仕事である。

南の平地で空を見上げていたラビットアイの枝先には、いつしか、遠いアパラチアの山頂で冬を耐えた小さな茂みの記憶が流れていた。

参考資料

カリド、アニサ・Mほか(2025)「バクシニウム果実作物における種間交雑の歴史と野生近縁種の可能性」『ホーティカルチャー・リサーチ』第12巻。

リッツィンガー、ロジェリオ、ポール・M・ライリーン(1998)「ラビットアイブルーベリーとバクシニウム・コンスタブレイの雑種における花粉稔性」『フルート・バラエティーズ・ジャーナル』第52巻第2号、96~100頁。

エーレンフェルト、マーク・K、リサ・J・ローランド、エリザベス・L・オグデン(2007)「バクシニウム・アシェイ、バクシニウム・コンスタブレイおよび雑種後代の花芽耐寒性と北方適応型ラビットアイ育成の可能性」『ホートサイエンス』第42巻第5号、1131~1134頁。

エーレンフェルト、マーク・K、マシュー・クレイマー(2012)「北方適応型ラビットアイブルーベリー雑種の自家結実性評価」『ホートサイエンス』第47巻第12号、1837~1842頁。

エーレンフェルト、マーク・K、リサ・J・ローランド(2015)「遺伝資源および品種開発におけるバクシニウム・コンスタブレイとバクシニウム・アシェイの利用」北米ブルーベリー研究普及関係者会議録。

エーレンフェルト、マーク・K、ロバート・B・マーティン、リサ・J・ローランド(2015)「ノクターン 耐寒性を持つ複雑種間六倍体ブルーベリーと、その景観価値および新しい果実品質」『ホートサイエンス』第50巻第12号、1825~1827頁。

フリッチ、ピーター・W、アンドリュー・A・クロウル、ポール・S・マノス(2024)「バクシニウム・ウィルガツム 独立種として認めるべきブルーベリー」『テキサス植物研究所紀要』第18巻第2号、293~309頁。

アメリカ農務省農業研究局「リトル・ジャイアント命名・配布資料」、1995年。

アメリカ農務省農業研究局「家庭栽培者のための新しいブルーベリー」、2015年。

米国植物特許第8,082号「ラビットアイブルーベリー品種スノーフレーク」、1993年。

米国植物特許第24,832号「ブルーベリー品種ノクターン」、2014年。

関連リンク

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第68章:ハイブッシュ×野生種の交雑

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この記事を書いた人

山形県にて小規模栽培にて高品質なブルーベリー苗木栽培を行なっています。

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