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第68章:ハイブッシュ×野生種の交雑

目次

北で磨かれた果実を、南の大地へ運ぶために

北米北東部で育種されたハイブッシュブルーベリーは、大きく整った果実と優れた食味を持ち、20世紀のブルーベリー産業を支える品種群へ成長していった。

しかし、その苗木を温暖な南部へ運び、同じように畑へ植えれば、そのまま安定した収穫が得られたわけではない。寒冷地向けのハイブッシュ品種には低温要求量の多いものがあり、冬の温暖なフロリダでは、安定した生育と収穫が難しかった。

果実品質には優れている。けれども、その樹が南部の気候へ十分に適応できない。

この問題を乗り越えるため、育種家たちは北部ハイブッシュの品種群だけに答えを求めるのではなく、フロリダやアメリカ南東部に自生するスノキ属の野生種へ目を向けた。

その土地の野生種は、果実の大きさや商品性では栽培ハイブッシュに及ばなくても、温暖な冬へ適応し、北部ハイブッシュより少ない低温でも生育周期を進められる性質を持っていた。

ハイブッシュと野生種の交雑は、高品質な果実を生み出す北方の栽培品種へ、南方の土地で生きてきた植物の適応力を移そうとする試みだったのである。

この時代に何が起きていたのか

ブルーベリーの近代育種は、20世紀初頭に野生の優良個体を集め、交配し、安定して栽培できる農作物へ作り替えるところから始まった。種間交雑は、その初期からブルーベリー改良に重要な役割を果たしてきた。

初期の育種では、果実の大きさ、収量、色、風味など、農作物として目に見えやすい性質が重視された。やがて優れたハイブッシュ品種が育成され、栽培地域が広がると、育種家は別の問題に直面した。

品種の価値は、果実品質だけで決まるものではない。その土地の冬を越し、春に芽を動かし、花を咲かせ、毎年安定して結実できなければ、商業品種として広く利用することはできなかった。

ハイブッシュ品種同士の交配から、低温要求量の少ない個体が現れる可能性はある。しかし、交配集団の中に目的とする性質が十分に存在しなければ、同じ集団内で選抜を続けても改良の幅には限界が残る。

育種家が必要としていたのは、既存品種の中で最も優れた個体だけではなかった。栽培ハイブッシュが十分には持っていない性質を、別の遺伝資源から導入する必要があったのである。

そこで野生種は、未改良で価値の低いブルーベリーではなく、長い進化の中で地域の気候へ適応してきた遺伝資源として見直されていった。暖地の野生種には少ない低温で生育周期を進める性質があり、北方の低木性種には厳寒を生き抜く性質があった。

育種家は、栽培品種の外側に残されていた能力を、ハイブッシュの育種集団へ運び込もうとしたのである。

1940年代に始まり、1950年代に本格化したフロリダの挑戦

フロリダ大学では1940年代にブルーベリー育種事業が始まり、1950年代に入ると、ラルフ・シャープの指導のもとで温暖地向けハイブッシュ育種が本格的に進められた。

目標となったのは、フロリダの温暖な冬へ適応し、4月から5月という早い時期に高品質な果実を収穫できる品種だった。

ラルフ・シャープは、北部ハイブッシュ品種と、フロリダおよびアメリカ南東部に自生するスノキ属植物を交配した。そこで目指されたのは、南方野生種をそのまま農作物にすることではない。

北部ハイブッシュが持つ果実品質と生産性を基本にしながら、温暖地での生産に必要な低温要求量の少なさを導入することだった。

フロリダ大学の育種事業は、その後ウェイン・シャーマンやポール・ライリーンらへ受け継がれた。交配と選抜を長期的に続けることで、北部ハイブッシュだけでは得にくかった暖地適応性が、栽培品種の育種集団へ組み込まれていった。

この仕事から発達した品種群が、後にサザンハイブッシュと呼ばれるようになる。

サザンハイブッシュは、単なる「南でも育つノーザンハイブッシュ」ではない。北部ハイブッシュと南東部の野生遺伝資源を結び、温暖な気候へ適応するよう選抜されてきた、新しい園芸品種群だった。

ダロウイーが持っていた南方の時間

ハイブッシュと野生種の交雑史で、とりわけ重要な役割を果たしたのが、ダロウズ・ブルーベリーである。学名はVaccinium darrowiiであり、フロリダを中心とする暖かな地域に自生する低木である。

ダロウイーは、サザンハイブッシュへ低温要求量の少なさを導入する重要な遺伝資源として利用された。北部ハイブッシュより少ない低温でも生育周期を進められる性質を取り込めれば、従来は冬が暖かすぎた地域でも、高品質なハイブッシュ型果実を生産できる可能性が生まれる。

この交雑には、栽培地域を少し南へ広げる以上の意味があった。収穫時期を早めることができれば、北部産地からの出荷が本格化する前に、市場へ果実を届けられる。

育種家が動かそうとしていたのは、植物の生育限界だけではなかった。ブルーベリーが市場へ現れる季節そのものを変えようとしていたのである。

ただし、ダロウイーは低温要求量の少なさだけを都合よく持ち込める材料ではなかった。野生種の性質は、一つずつ切り離された部品ではない。樹姿、葉の性質、開花習性、果実の大きさなど、さまざまな特徴とともに後代へ受け継がれる。

育種家は暖地適応に役立つ性質を残しながら、商業栽培に不利な性質を減らし、再びハイブッシュらしい果実品質へ近づけなければならなかった。

種の違いに加えて、倍数性の壁があった

ハイブッシュと野生種の交雑は、同じ系統に属する二品種を掛け合わせる通常の交配よりも複雑だった。

栽培に利用される北部ハイブッシュの多くは四倍体であり、染色体数は一般に2n=4x=48と表される。一方、ダロウイー、テネルム、エリオッティなどの南東部野生種には二倍体があり、2n=2x=24とされる。

両者の間には、種の違いだけでなく、染色体の組数に関わる倍数性の違いも存在した。倍数性の違いは、交雑の成立、種子の形成、そして得られた後代の稔性を不安定にする要因となり得た。

育種家が架けようとした橋は、北と南の気候を結ぶだけのものではない。異なる染色体構成を持つ植物の間で交雑を成立させ、野生種の性質を栽培ハイブッシュの育種集団へ導入する必要があった。

この倍数性の問題は、後のハイブリッド育種でも繰り返し現れる。第67章で触れたピンクレモネードの系譜に、人工的に作られた六倍体ハイブッシュ型遺伝資源が用いられたことも、異なる系統を結ぶ育種において、倍数性を揃えることが重要だった事例の一つである。

ハイブッシュと野生種の交雑で重ねられた試行錯誤は、後世の複雑な異系統間交雑を支える技術的な経験へつながっていった。

交雑の成功は、品種の完成を意味しなかった

ハイブッシュと野生種の交雑から実生が得られたとしても、それだけで栽培品種が完成したわけではない。最初の種間雑種には、育種家が求めた環境適応性とともに、果実の小ささ、収量の不足、扱いにくい樹姿など、商業栽培には不利な性質が現れる可能性があった。

そこで重要になったのが、種間雑種を再びハイブッシュ側へ交配する戻し交配である。野生種から導入したい性質を残しながら、栽培ハイブッシュの果実品質、収量、樹姿へ近づけるため、育種家は一度の種間交雑で終わらせず、戻し交配と選抜を重ねていった。

ブルーベリー改良に種間交雑が有効に利用された事例では、一世代以上の戻し交配が一般的に関わっている。これは、野生種の血を導入すること自体が目的ではなく、導入した性質を栽培品種として利用できる形へ整える必要があったことを意味している。

選ばれたのは、両親の特徴が単純に半分ずつ現れた個体ではない。多数の実生の中から、暖地で生育し、花を咲かせ、果実が大きく、風味や硬さにも優れる個体が探し出された。

さらに、その性質が一度の試験だけでなく、異なる年の気象条件でも繰り返し現れるかどうかが確かめられた。

野生種交雑の歴史は、野生の血を加えた瞬間ではなく、その後の交配と選抜によって何を残したかという過程から形づくられたのである。

1970年代、交雑の成果が品種名を得た

フロリダ大学で続けられた交雑と選抜は、1970年代に目に見える成果となった。1976年から1977年にかけて、シャープブルー、フローダブルー、エイボンブルーという初期のサザンハイブッシュ品種が発表された。

これらの品種は、フロリダの温暖な冬へ適応し、北部産地より早い時期に高品質果実を生産できる可能性を示した。

最初からすべての性質が完成されていたわけではなく、その後の育種で改良すべき課題も残されていた。それでも、北部ハイブッシュと南東部野生種を結びつけた育種が、実際の農業へ利用できることを示した意味は大きかった。

1983年までには、フロリダで小規模なブルーベリー出荷産業が成立した。早い季節に収穫できるサザンハイブッシュは、他産地からの供給が少ない時期に市場へ入り、高い価格を得る可能性を持っていた。

南東部の野生遺伝資源を利用した長期的な交雑育種によって、ブルーベリーを栽培できる地域と収穫時期が広がり、フロリダには新しい出荷産地が形成されていったのである。

野生種はダロウイーだけではなかった

ハイブッシュ改良に利用された野生遺伝資源は、ダロウイーだけではない。

ローブッシュブルーベリーのVaccinium angustifolium、サザンローブッシュのVaccinium tenellum、メイベリーと呼ばれるVaccinium elliottii、六倍体のVaccinium constablaeiなども、ハイブッシュ改良のために利用されてきた。

ハイブッシュ改良には、ラビットアイも交配材料として利用されてきた。ただし、ハイブッシュとラビットアイを結ぶ交雑は、ラビットアイへ別の野生遺伝資源を導入する交雑とは区別する必要がある。次章では後者に焦点を移し、ラビットアイと野生種の交雑史をたどる。

ローブッシュとの交雑は、低樹高と耐寒性を重視する育種へ利用され、後にハーフハイブッシュと呼ばれる品種群の形成へつながっていった。

南方野生種との交雑がハイブッシュを暖地へ運ぼうとした歴史なら、ローブッシュとの交雑は、より厳しい寒冷地へハイブッシュの果実品質を届けようとした歴史だった。

すべての交雑が実用品種へ到達したわけではなく、野生種ごとに交雑の難しさも、後代に現れる性質も異なっていた。それでも複数の野生種が試されたことで、ハイブッシュ育種は一つの種の内部だけで完結する仕事ではなくなった。

栽培品種の外側には、まだ取り込まれていない性質が残されている。野生種交雑は、その考え方をブルーベリー育種へ定着させたのである。

現代のゲノム解析が見つけた複雑な育種の痕跡

かつての育種家は、交配記録と植物の姿を頼りに、野生種から導入された性質を追いかけた。現代では、ゲノム解析によってサザンハイブッシュ集団の成り立ちを調べられるようになっている。

そこで明らかになったのは、北部ハイブッシュと南方野生種を単純に混ぜ合わせただけの構造ではなかった。

サザンハイブッシュは、北部ハイブッシュと低温要求量の少ないスノキ属植物との複数の種間交雑によって形成された。しかし、ゲノム規模で比較すると、ノーザンハイブッシュとサザンハイブッシュは、二つの明瞭な遺伝集団として完全に分かれるわけではなかった。

さらに、すべてのサザンハイブッシュに共通し、ノーザンハイブッシュには見られない野生種由来のゲノム断片は、確認されないか、存在しても非常に少ないことが示された。

研究者らは、サザンハイブッシュの暖地適応が、単一の遺伝子ではなく、複数の遺伝子に支えられた可能性を示している。そこへ育種家による世代ごとの選抜が重なり、現在の品種群が形成されたと考えられる。

育種家が圃場で選び続けたのは、目に見える一つの性質だけではない。萌芽、開花、樹勢、結実、果実品質という複数の形質が、それぞれの栽培地でうまく噛み合う個体を選んだ結果として、サザンハイブッシュの暖地適応が形づくられていったのである。

その交雑がブルーベリーに与えた影響

ハイブッシュと野生種の交雑は、北部ハイブッシュへ一つの新しい性質を加えただけではなかった。

それまで北方の気候と強く結びついていた高品質ブルーベリーを、温暖地や寒冷地を含む、別の気候帯へ運び出す可能性を開いた。

その過程からサザンハイブッシュやハーフハイブッシュが形成され、後の育種家は、それぞれの交雑集団をさらに改良するようになった。野生種から導入された性質は、戻し交配と選抜を通じて栽培品種の中へ組み込まれ、野生種らしい姿が表面から見えにくくなった後も、品種の適応性を支える遺伝的背景として受け継がれていった。

第67章で扱ったハイブリッド系も、何の前触れもなく現れた特殊な品種群ではない。その背景には、栽培品種の外側へ遺伝資源を求め、異なる種と倍数性の間に橋を架け、有用な性質を栽培ブルーベリーへ移してきた歴史がある。

ハイブッシュと野生種の交雑で蓄積された経験は、後の複雑な異系統間ハイブリッドを作るうえで、重要な技術的土台の一つとなった。さらに、栽培品種の外側へ遺伝資源を求めるという考え方を、ブルーベリー育種へ定着させる役割を果たしたのである。

後世へのつながり

野生種との交雑によって、ハイブッシュブルーベリーは北部の果樹という枠を越え始めた。ダロウイーをはじめとする南方野生種が持つ低温要求量の少なさは暖地への扉を開き、ローブッシュが持つ低樹高と耐寒性は、厳しい寒冷地へ向かう育種を支えた。

ただし、野生種が持つ性質は、交配しただけで完成品種へ移るものではなかった。異なる種と倍数性の壁を越え、後代を育て、戻し交配と選抜を続けながら、栽培品種として必要な果実品質と生産性へ近づける時間が必要だった。

その積み重ねがサザンハイブッシュやハーフハイブッシュの形成を支え、さらに後世の複雑なハイブリッド育種へ受け継がれていった。

一方、暖地を故郷とするラビットアイにも、収穫時期、耐寒性、果実品質、遺伝的多様性など、育種によって向き合うべき課題が残されていた。ハイブッシュが野生種の力を借りて新しい土地へ進んだように、ラビットアイの側でも、育種家は別の遺伝資源へ目を向けていくことになる。

野生の記憶が、栽培地の地図を書き換えた

フロリダの野に育っていた小さな野生種は、北部ハイブッシュのような大粒果実を実らせていたわけではない。それでも、その植物は温暖な冬を越し、その土地の気候に合わせて生育するという、北方品種には乏しかった能力を持っていた。

育種家は野生種を、未完成の農作物として見たのではない。栽培品種が失っていた、あるいは最初から持っていなかった性質を保存する存在として見つめた。

必要な性質を受け取り、商業栽培に不利な性質を減らし、再び高品質なハイブッシュの姿へ近づけるため、交配と選抜が続けられたのである。

その仕事によって生まれたのは、新しい品種だけではなかった。ブルーベリーを育てられる地域が変わり、収穫できる季節が動き、それまで主要産地ではなかった土地へ新しい農業が生まれた。

ハイブッシュと野生種の交雑とは、人間が野生を一方的に改良した歴史ではない。栽培品種だけでは越えられなかった限界を、野生種が長い時間をかけて蓄えてきた適応力によって越えようとした歴史なのである。

参考資料

フィリップスほか『フロリダ大学が育成したサザンハイブッシュ品種』は、フロリダ大学における温暖地向け育種、初期サザンハイブッシュ品種の発表、フロリダでの生産拡大を確認するために参照した。

バリントン『ブルーベリー改良における種間交雑の役割』は、ハイブッシュ改良へ利用された野生種、各種の倍数性、戻し交配の役割を確認するために参照した。

チャベス、ライリーン『二倍体ダロウイーと四倍体サザンハイブッシュの種間交雑および戻し交雑』は、異なる倍数性を持つダロウイーとハイブッシュの交雑、後代の稔性、戻し交雑の可能性を確認するために参照した。

西山総一郎ほか『サザンハイブッシュブルーベリー集団の育成史に関するゲノム解析』は、サザンハイブッシュの種間交雑起源、集団構造、野生種由来ゲノム断片、暖地適応に関わる多遺伝子性を確認するために参照した。

カリドほか『スノキ属果樹における種間交雑の歴史と野生近縁種の可能性』は、スノキ属における種間交雑の歴史、ダロウイーの育種利用、野生遺伝資源を利用する意義を確認するために参照した。

フロリダ大学食品農業科学研究所『ブルーベリー育種事業』は、1940年代に始まった育種事業と、ラルフ・シャープ、ウェイン・シャーマン、ポール・ライリーンへ受け継がれた育種の流れを確認するために参照した。

関連リンク

この記事は第68章です。前後の記事も併せてお楽しみ下さい。

第69章:ラビットアイ×野生種の交雑

第67章:ハイブリッド系とは何か

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この記事を書いた人

山形県にて小規模栽培にて高品質なブルーベリー苗木栽培を行なっています。

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