北で完成した木が、南では春を迎えられなかった
20世紀前半、ブルーベリーは森で摘み取る果実から、人の手で育てる農作物へ変わろうとしていた。
アメリカ北東部では、野生のハイブッシュブルーベリーから優れた個体が選び出され、大きな果実、美しい果色、豊かな風味、安定した収量を求める交配が重ねられていた。
畑には、かつて森の中にしかなかった大粒のブルーベリーが整然と並び始めた。
育種家が枝に触れ、農家が果実を摘み、市場にはまとまった量のブルーベリーが届けられる。長いあいだ野生の果実だったブルーベリーは、ようやく近代果樹として歩き始めていたのである。
ところが、その優良品種を南へ運ぶと、北部と同じようには育たなかった。
木が枯れるとは限らない。枝も伸びる。葉も出る。
それでも、冬の眠りからうまく目覚めないことがあった。花芽の動きがそろわず、開花と展葉の時期が乱れ、毎年安定して果実をならせることが難しかったのである。
北部で優良品種として完成度を高めた木には、北部の冬が必要だった。
十分な寒さを経験して、ようやく春を迎える。その季節の仕組みを身につけた木にとって、フロリダの冬はあまりにも暖かかった。
果実は優れている。
しかし、果実を実らせる前に、その土地の季節と呼吸が合わない。
育種家たちは、品種を南へ運ぶだけでは越えられない壁があることを知った。
必要だったのは、北の木を南へ移すことではない。
北の木が持つ果実品質の中へ、南の土地で生きてきたブルーベリーの時間を流し込むことだったのである。
この時代に何が起きていたのか
近代ブルーベリー育種の出発点では、ハイブリッドを作ることそのものが目的だったわけではない。
最初に必要だったのは、ブルーベリーを安定して栽培できる農作物へ変えることだった。
アメリカ合衆国農務省の植物学者、Frederick Vernon Coville(フレデリック・バーノン・コビル)は、1906年頃からブルーベリーの栽培研究へ本格的に取り組み始めた。
当時、ブルーベリーは移植しても安定して育たないことが多く、畑で計画的に生産する作物としては扱いにくかった。コビルは、その原因を植物の性質と土壌環境の両面から調べ、酸性土壌の重要性を明らかにした。
1910年には、種子から果実生産までの栽培方法をまとめた研究成果を公表した。翌1911年には、野生から集めた優良なブルーベリーを用いて計画的な交配を行った。
ニュージャージー州でクランベリー農園を営んでいたElizabeth White(エリザベス・ホワイト)も、地域の採集者たちと協力して優れた野生個体を探し、コビルの育種を支えた。
初期の育種では、野生から選抜された優良個体と、その交配後代の中から、果実の大きさ、風味、果色、収量、栽培の安定性に優れる個体が選ばれていった。
森の中で偶然に生まれていた性質を集め、人の手で交配し、比較し、選び直す。
この仕事によって、ブルーベリーは自然から採集するだけの果実ではなく、人が目的を持って改良できる果樹となった。
ただし、本章でいうハイブリッドは、単なる品種間交配とは少し意味が異なる。
広い意味では、同じ種に属する二品種を交配して得られた後代もハイブリッドと呼ばれる。
ここで扱うハイブリッドとは、主として異なる種や栽培群の性質を、一つの育種集団へ取り込んだ種間雑種を指す。
このような種間交雑は、interspecific hybridization(インタースペシフィック・ハイブリダイゼーション)と呼ばれる。
初期のブルーベリー育種が、森の果実を農作物へ変える仕事だったとするなら、その後のハイブリッド育種は、一つの育種集団だけでは越えにくい土地と季節の壁へ挑む仕事だったのである。
優良品種が生まれたからこそ、新しい限界が見えた
ブルーベリー育種が進み、優良なハイブッシュ品種が生まれると、それまで見えなかった限界が現れた。
北部で栽培する限り、北部の冬を必要とすることは大きな欠点にならない。
だが、その品種を暖かな地域へ広げようとすれば、低温要求量の多さが壁になる。
低温要求量とは、冬の休眠を正常に終えるために、植物が必要とする低温の蓄積である。
言葉だけを見ると、木が寒さを欲しがっているように聞こえるかもしれない。実際には、一定期間の低温を経験することが、春に芽や花をそろって動かすための季節の合図になっている。
冬が十分に寒くない地域では、その合図が足りない。
芽が一斉に動かず、開花が乱れ、葉の展開が遅れれば、どれほど大粒で風味のよい品種でも、商業生産を安定させることは難しい。
寒冷地へ進もうとした場合には、反対の問題が現れた。
真冬の低温に耐えられるだけでは足りない。冬の途中に訪れる暖かさで休眠を解いてしまえば、その後の寒波や春の遅霜によって花芽が傷つく。
耐寒性、休眠の深さ、開花時期、果実が成熟するまでの長さ。
土地が変われば、求められる性質も変わった。
同じ育種集団の中で選抜を続けても、目的とする性質が最初から十分に存在しなければ、改良できる幅には限界が残る。
そこで育種家たちは、栽培品種の中で最も優れた木だけを見ることをやめた。
果実は小さくても暖かな冬の中で正常に育つ木、山地の寒さの中で休眠を守る木、乾いた酸性砂地で葉を保つ木、病害の多い環境で生き残る木へ目を向けた。
市場の物差しでは未完成に見える小さな果実も、自然の中では、その土地を生き抜くために磨かれた完成形だったのである。
フロリダで始まった、南の時間を取り込む育種
ハイブリッドがブルーベリー史を大きく動かした代表的な舞台が、アメリカ南東部のフロリダだった。
フロリダ大学では1940年代に、低温要求量が少なく、早く成熟する高品質なブルーベリーを目指す育種事業が始まった。
1950年代になると、Ralph Sharpe(ラルフ・シャープ)の指導のもとで、温暖な冬へ適応するハイブッシュ育種が本格的に進められた。
目標は、北部ハイブッシュの果実品質と収量性を保ちながら、フロリダの暖かな冬でも正常に生育し、4月から5月に果実を収穫できる品種を作ることだった。
この歴史は、なぜブルーベリーにハイブリッドが必要とされたのかを、最も鮮明に示している。
北部ハイブッシュには、すでに優れた果実があった。育種家が必要としていたのは、果実の価値を捨てずに、その果実を南部でも安定して生産できる木へ変えることだった。
そのために利用されたのが、フロリダやアメリカ南東部に自生するスノキ属植物である。
なかでも重要な役割を果たしたのが、Vaccinium darrowii(バクシニウム・ダロウィー)だった。
ダロウィーは、北部ハイブッシュよりも少ない低温で生育周期を進められる性質を持っていた。後の研究では、低温要求量の少なさに加え、高温多湿の夏への適応や、葉の病害に対する抵抗性も重要な育種価値として評価されている。
ただし、ここで行われたのは、北部ハイブッシュとダロウィーを一度交配して終わる単純な仕事ではなかった。
野生種の小果性や樹姿など、商業品種として扱いにくい性質も後代へ現れる。育種家は、暖地適応に役立つ性質を残しながら、再びハイブッシュらしい果実の大きさ、品質、収量性へ近づけなければならなかった。
交雑し、実生を育て、選抜し、優れた個体を再びハイブッシュ系統へ戻し交配する。
一世代進めるたびに、南の適応性を残せたか、果実品質を取り戻せたかを確かめる。
野生種は、低温要求量の少なさだけを小さな封筒へ入れて渡してはくれない。樹形も葉も果実も、ひとまとめにして送り込んでくる。しかも、育種家に都合のよい返品票は入っていなかった。
その長い選抜の中から生まれた新しい品種群が、Southern Highbush(サザンハイブッシュ)である。
三つの品種が、暖かな土地に新しい産業を置いた
1976年から1977年にかけて、フロリダ大学の育種事業から、Sharpblue(シャープブルー)、Flordablue(フロリダブルー)、Avonblue(エイボンブルー)が発表された。
これらは、フロリダの温暖な冬へ適応し、早い時期に高品質な果実を生産することを目指して育成された、初期のサザンハイブッシュ品種だった。
その意味は、南部でもハイブッシュ型の果実を収穫できるようになったことだけではない。
フロリダでは、北部の主要産地より早い時期に果実を市場へ送り出せる可能性が生まれた。
収穫時期が早ければ、他産地からの出荷量が増える前の市場へ果実を届けられる。ハイブリッド育種は、栽培できる地域だけでなく、ブルーベリーが市場に現れる季節まで動かしたのである。
1983年頃には、フロリダで小規模なブルーベリー出荷産業が成立した。
北部で完成度を高めた果実品質と、南東部野生種が持っていた暖地への適応性。
その二つが結び付いた結果、かつてハイブッシュ生産の中心ではなかった土地に、新しい産地が生まれた。
一株の珍しい雑種を作ることと、産業を支える品種群を作ることの間には、長い距離がある。
フロリダの歴史は、その距離を数十年にわたる交配と選抜によって歩き切った例だったのである。
染色体という見えない門を越える
異なる種を結び付ける仕事には、気候とは別の難しさもあった。
ブルーベリーには、基本となる染色体の組を二組持つ二倍体、四組持つ四倍体、六組持つ六倍体などが存在する。
栽培に利用される北部ハイブッシュの多くは四倍体である。一方、育種に利用されたダロウィーには二倍体の個体があった。
倍数性が異なる植物同士の交雑では、種子が得られにくくなったり、得られた後代の稔性が低くなったりする場合がある。
ただし、倍数性の違いは、決して越えられない絶対的な壁ではなかった。
ブルーベリーの中には、通常より多い染色体を含む非還元配偶子を作る個体が存在した。
非還元配偶子とは、染色体数が通常の半分にならず、親の染色体組を多く保ったまま作られる花粉や卵細胞である。
専門用語だけを見れば、読者の心がそっと休眠へ入りそうだが、育種史の中では、異なる倍数体の間に現れた臨時の渡し舟と考えればよい。
育種家たちは、倍数性のそろった組合せを利用する一方、倍数性が異なる場合には、非還元配偶子を生じる個体の探索、交配方向の選択、戻し交配などによって、野生種の性質を栽培集団へ取り込もうとした。
重要なのは、雑種が一株できたことではない。
その雑種が花を咲かせ、次の交配に使われ、さらに栽培品種に近い後代を残せることだった。
第一世代の雑種は、完成品ではない。
ハイブリッド育種とは、種の境界を一度越える仕事ではなく、越えた先で何世代にもわたって道をつなぎ続ける仕事だったのである。
その現象がブルーベリーに与えた影響
フロリダで進んだ暖地向け育種は、ハイブリッドが必要とされた理由を明確に示した。
既存の北部ハイブッシュが劣っていたから、野生種が使われたのではない。
北部ハイブッシュは、その土地では優秀だった。果実は大きく、品質に優れ、近代ブルーベリー産業を支える力を持っていた。
しかし、優秀であることと、どこでも育つことは同じではない。
北部の冬に適応して完成度を高めたからこそ、暖地では季節の仕組みが合わなかった。そこで、北部ハイブッシュが十分には持っていない暖地適応性を、南東部の野生種から受け取る必要が生まれたのである。
ハイブリッドが求められた理由は、南部への進出だけではなかった。
北部ハイブッシュとローブッシュを利用した育種では、ローブッシュ由来の耐寒性や低い樹姿と、ハイブッシュ由来の果実品質を結び付けることで、寒冷地へ適応するハーフハイブッシュが作られた。
ラビットアイとVaccinium constablaei(バクシニウム・コンスタブレイ)の交雑では、ラビットアイの旺盛な樹勢と収量性を残しながら、山地性野生種が持つ耐寒性、晩開花性、休眠を維持する性質、比較的短い果実発育期間を加える試みが進められた。
南へ進むためには、暖かな冬への適応を加える。
北へ進むためには、冬を耐え、春を急がない性質を加える。
ハイブリッドは、すべてのブルーベリーを同じ性質へ近づけたのではない。
それぞれの土地が突きつける問題に応じて、異なる種の中から必要な性質を探し、その土地に合う新しい栽培群を作り出したのである。
後世へのつながり
ハイブリッド育種が残した最大の変化は、ブルーベリーの栽培地域を広げたことだった。
野生種との種間交雑によって、栽培ハイブッシュへ新しい性質が導入され、それまで安定生産が難しかった地域にもハイブッシュ型の果実を生産する道が開かれた。
ただし、その歴史を「野生種を加えて、遺伝的多様性を大きくした」とだけ説明することはできない。
後世の遺伝解析では、サザンハイブッシュの系譜に複数の野生種が関わっている一方、野生種の利用が栽培ハイブッシュ全体の遺伝的多様性へ与えた影響は、かつて考えられていたほど単純ではないことも示された。
さらに、現代のサザンハイブッシュとノーザンハイブッシュは、ゲノム全体で見れば明瞭に分離しないという研究結果もある。
これは、サザンハイブッシュの歴史を否定するものではない。
むしろ、野生種のすべてを残すのではなく、暖地適応に必要な性質を選びながら、何世代もの戻し交配によってハイブッシュ型の果実品質へ近づけてきた歴史を物語っている。
ハイブリッドは、二つの種を半分ずつ混ぜた単純な中間物ではない。
必要な性質を導入し、不要な性質を減らし、土地と市場の要求に応じて選び直されてきた育種集団なのである。
初期の種間交雑では、低温要求量、耐寒性、休眠、熟期など、栽培地域を広げるための気候適応性が大きな目的だった。
その後、育種目標はさらに広がった。
病害への抵抗性、高温や乾燥への適応、果実の硬さ、果梗痕、裂果の少なさ、貯蔵性、収穫のしやすさ。
生産地と流通方法が変わるたびに、ハイブリッドへ求められる役割も増えていった。
それでも、その根にある問いは変わらない。
今ある品種が十分に持っていない性質を、どの土地で生きてきたブルーベリーから受け取るのか。
20世紀の育種家が野生種へ向けた視線は、現代の遺伝資源研究にも受け継がれているのである。
いくつもの故郷を、一つの木の中に持つ
ハイブリッドが必要とされたのは、珍しいブルーベリーを作るためではなかった。
北部で優良だった木が南部では冬を終えられず、南の木が北では春を急ぎ、果実の優れた木が新しい土地では本来の力を発揮できなかったからである。
どの木にも長所があり、どの木にも、自分だけでは越えにくい境界があった。
育種家たちは、その境界を力ずくで消そうとはしなかった。
北の果実品質と南の季節感覚を出会わせ、栽培品種の生産性と野生種の適応力を、何世代もの交配と選抜によって結び付けた。
その仕事は、一度の交雑で完成するほど都合のよいものではなかった。
果実が小さくなり、樹姿が乱れ、交雑が成立せず、ようやく得られた雑種が次の世代を残さないこともあった。
それでも育種家たちは、橋を架けることをやめなかった。
シャープブルー、フロリダブルー、エイボンブルーがフロリダの畑へ立ったとき、そこにあったのは三つの新品種だけではない。
ブルーベリーは、生まれ故郷の気候だけに縛られる果樹ではなくなり始めていた。
一つの育種集団だけでは得にくかった性質を、別の土地で生きてきた種から受け取る。
ハイブリッドの歴史とは、ブルーベリーが故郷を捨てた歴史ではない。
北の冬、南の夏、山地の風、湿地の水を、いくつもの故郷の記憶として、一つの木の中に持つようになった歴史なのである。
参考資料
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西山総一郎ほか(2021)「Genomic Insight into the Developmental History of Southern Highbush Blueberry Populations(ゲノミック・インサイト・イントゥ・ザ・デベロップメンタル・ヒストリー・オブ・サザン・ハイブッシュ・ブルーベリー・ポピュレーションズ)」『Heredity(ヘレディティー)』第126巻、194~205頁。オンライン公開2020年9月1日。
カリド、アニサ・M、ジュリアナ・ベネベヌート、ポール・M・ライリーン、パトリシオ・R・ムニョス(2025)「Interspecific Hybridization History of Vaccinium Berry Crops and Potential in Wild Relatives(インタースペシフィック・ハイブリダイゼーション・ヒストリー・オブ・バクシニウム・ベリー・クロップス・アンド・ポテンシャル・イン・ワイルド・レラティブズ)」『Horticulture Research(ホーティカルチャー・リサーチ)』第12巻第12号。
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